大賞『水のからだ』葦田不見
副島園賞『お茶時間旅行』中立明子
8cacao賞『ひとりでに孵化』長谷川彩香
Yohaku賞『光る朝』南極まほ
D&S賞『あの子を知りたい』紫冬湖
選考委員賞 染谷拓郎 推薦 『十分間のお茶会』井上茉莉衣
選考委員賞 深井航 推薦『本の声』かまきり
選考委員賞 堤優衣 推薦 『この一冊をどうぞ』shin
◆大賞
受賞者:葦田不見(あしだみず)
作品名:水のからだ
ジャンル:エッセイ
選考委員長 小原嘉元 コメント:
嬉野で400年続く「肥前吉田焼」と同じ「器」がテーマとなっている作品ですが、何かを入れることで意味を成すという自然すぎる役割が器にはあるとハタと単純ですが気付かされました。
また、人間もまた器であり、本や伝承・経験を通して満たされていく様がなるほどと思わされる点でもありました。
器の中は、如何様にでもなる。 日々、流動的に動き、時に緩やかになること。そして激しく流れ、器からこぼれ、新しい動きや出会い、考えが溜まり、流れを繰り返す。
この11年間の和多屋別荘の動きそのものであり、この文学賞もこの動きの中で生まれたものです。
作品内で語られた生き物のような動きは、旅館や経営もそうであるようにと納得させられ共感した作品でした。
選考委員コメント:
‐染谷拓郎(株式会社ひらく プロデューサー)
民藝運動の中心人物であった陶芸家・河井寛次郎は「新しい自分が見たいのだ 仕事する」という言葉を残しています。
器、というものを作りつづけることで新しい自分に出会うこと。
そして、本を読むことも、新しい自分に出会う助けになります。
この作品が、多くの人に読まれ、作品自体が一つの器になることを期待します。
‐深井航(株式会社ひらく ブックディレクター)
抽象的な問答でありながら、各所にちりばめられた比喩によって読み手を置いていくことなく、瑞々しく読ませる力強さを感じました。
この作品が、2万坪という器を持つ和多屋別荘と共鳴するのも必然かもしれません。
‐堤優衣(日本出版販売株式会社 ブックディレクター)
目の前にある一杯のお茶から哲学的に広がる表現力は、まさに“本を飲む(読む)”感覚を与えてくれます。
もしかすると、この世には多くの、「器」と呼べるものが存在しているのかもしれません。
そして、それがいずれは、私たちの生に繋がっているかもしれないことが尊く、美しく、この言葉たちを何度も反芻し、味わいたくなるような作品でした。
◆副島園賞
受賞者:中立明子(なかだてあきこ)
作品名:お茶時間旅行
ジャンル:詩
副島園コメント:
急須の茶葉が、ゆっくりと開く様子と自身の思い出が重なりあう素敵な描写でした。
日々の何気ない生活の中で、ゆっくりとした時間はとても豊かで自分をリセットできる大事なひと時です。
選考委員コメント:
最後の一行「思い出の中の私もホッと一息つく」にハッとしました。
私を構成するものは、たくさんの過去と今現在ですが、思い出は思い出さないと思い出になりません。
思い出の中の私はいま、どんな顔をしているのか想像したくなるような、素敵な文章でした。
◆8cacao賞
受賞者:長谷川彩香 (はせがわあやか)
作品名:ひとりでに孵化
ジャンル:短歌
8cacaoコメント:
『大人になっても成長出来る』と言う作品を通してのメッセージや
一つ一つの描写から〝またここから変わって行く″と言う力強さを感じ、
それらにとても共感しこの作品を選びました。
大人になっても壁にぶつかったり、大きな失敗を経験する事があります。
〝大人だから″と言う言葉に色んな思いを凝縮させて、その一言で片付けてしまいそうになる事もあります。
けど〝大人でも″なりたい自分になれたり、やりたいと思った事はきっと出来る。
自分の内なる強さを思い出させてくれる様な素敵な作品だなと思いました。
選考委員コメント:
卵のモチーフに惹かれます。殻を持ちながら、中身は柔らかく傷つきやすい卵。その殻も少しの衝撃で割れてしまいます。
“私たち一人ひとりは、多かれ少なかれ卵である。”と言ったのは村上春樹でした。そして、通常 卵が孵化するには親が温めてあげる必要があるものですが、「我々大人は自分の力で自らをケアし、前に踏み出してもいいよね。」という生まれ変わった私の声が聞こえるようです。傷つきやすさだけでなく、新たな自分の比喩として用いられる卵が、この作品の印象をより繊細かつ希望に満ちたものにしています。
◆Yohaku賞
受賞者:南極まほ(なんきょくまほ)
作品名:光る朝
ジャンル:エッセイ
Yohakuコメント:
二人の視点から描かれている面白さもあり、
朝のひとときの出来事とは思えないほど、
互いの感情のいたるところに機微があり、
愛情が深く感じられる豊かな作品だと思いました。
選考委員コメント:
何気ない日常でも、人はその時の景色や匂い、質感、あらゆる感覚をしっかり記憶して宝物のようにそっとしまっていることがあります。この朝はそれがたくさん詰まっていて、ふとした瞬間、例えば、ほうじ茶の香りが漂ったとき、五感とともにこのときの愛情をこと細かに思い出させるような表現力だと思いました。
◆D&S賞
受賞者:紫冬湖(むらさきとうこ)
作品名:あの子を知りたい
ジャンル:小説
D&Sコメント:
周囲の情景や主人公の心情が、心にスッと入ってくる作品でした。詩的で美しい文章表現の端々に、「頭の中身をぶちまける」「周囲にバレたらここで死ねる」「ウケる、社会の縮図じゃん」等の書き方が加わることで、親しみやすく引き込まれる印象を受けます。「あの子」がどんな想いで原稿を書き上げたのか、そして「わたし」に投票したのは誰だったのか。気になって仕方ありません。
審査委員コメント:
好きという感情が湧き上がるさまを「読む・書く」行為で表現した文章の巧みさを評価したい。
作文という舞台装置によって、学生時代という根源的で純粋な「好き」の体験と紐づけられています。「あの子が何を書くのか知りたい」
このわたしの態度に見て取れるのは「文章というのは、書いてあること以上の何かを読み手に伝える。」ということ。
それはその人の人間性かもしれないし、よろこびの感情かもしれないし、そのときの体調かもしれない。
そういう生のコミュニケーションが書くこと・読むことを通じて生まれる。
そのことがひとつの作品として結晶し、三服文学賞のなかに生まれたことをうれしく思います。
◆選考委員賞 染谷拓郎 推薦
受賞者:井上茉莉衣(いのうえまりえ)
作品名:十分間のお茶会
ジャンル:小説
コメント:この物語の登場人物は、もちろん「私」と「先生」の二人だけ。その二人のやりとりの背景に、周りを気にしなければ生きていけない学校社会の息苦しさや、正解を追い求めたくなる若さなどがうまく表現されています。そして、お茶。一杯のお茶が、たった十分間であっても、「私」と「先生」をつなぎ、前を向かせてくれる。読んでいて、ふと懐かしい気持ちを覚えました。
◆選考委員賞 深井航 推薦
受賞者:かまきり
作品名:本の声
ジャンル:詩
コメント:良い作品とは、読み手の現実に浸食してくると思っています。
読む前の自分にはもう戻れない。すこし怖いですが、それが作品の持つパワーとも言えます。「自分のなかに響く声はなんなのか。」という問いはまさに私の世界に浸食してきました。
捕まえようと思うほど遠のいていく。
蜃気楼のようなこの声は一体なんなのでしょう。
◆選考委員賞 堤優衣 推薦
受賞者:shin
作品名:この一冊をどうぞ
ジャンル:選書文
コメント:
1冊の本で、こんなにも軽快な本の旅へ連れて行ってくれるもじもじブックスはどこにあるのでしょうか。またたびの選書、引用文のセンスと店主のツッコミがとてもクセになります。読んでいる私まで、心が晴れやかになり、素直に、旅に出たくなる、本を読みたくなる、そんな作品でした。
◇次点作品 ※順不同
大賞や各賞すべての候補作が力作揃いでした。各賞を残念ながら逃した次点の作品名・作者を発表します。
『猫洗坂四十五番地』『角打ちのアリス』さとうきいろ
『溶ける解ける綻びる』永津わか
『おゆには』三刀月ユキ
『香里十八番茶も出花』山崎ゆのひ
『コーヒーサマといきたい』森山みえこ
『溶ける』郷リリー
『呼吸の手引き』井上茉莉衣
『三服のひととき』さちこ
『泥の中で書く』黒木美佑
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