:
:
嬉野温泉・和多屋別荘・小原健史です。      (ブログ:530号)
:
:
9月1日13時30分から別府市旅館ホテル組合連合会の要請を
受けて「観光立国と旅館業の現状と将来」と題して講演をしました。

<別府温泉の湯けむり情緒>

200920.7B7EE325C6FCBFCEBBCEA1A2B2D620030[1].jpg

日本でも、いや、世界でもトップを行く別府温泉で私ごとき過去に
事業の失敗を山ほど重ねて来た者が講演をすること自体がおか
しいのですが、実は、旅館業界で九州での私の盟友(ご本人には
失礼な表現ながら)である上月敬一郎理事長(=鬼山ホテル社長)
のご依頼を受け、また、別府の”旅館女将の会”の小川会長より、
以前から・・・
「健ちゃん、1回、別府で、あんたの苦労話を女将や若いもんにして、
気合いを入れてくれんやろうか?」とのご命令?を受けていたことも
あり喜んで馳せ参じました。

当日は、事もあろうに、わが真弓女将が・・・「最近、あなたの講演を、
まともに聴いていないので、連れってて!」とのご指示?も頂き、
夫婦揃って、運転も交代での仲睦まじい道行となりました???

さて、13時30分より「鬼山ホテル」の会議室での講演会となりましたが、
内容は、下記のとおりです。

<講演会場の様子>

P9010022.jpg

P9010023.jpg


ところで、講演の後、上月理事長はじめ数名の有志の方々と
懇親会を開いて頂き、大変、お世話になりましたが、夜8時過ぎに
別府を出発して、前半は私が運転して、夫婦ともご機嫌で車の中で
「別府の皆さんにお世話になったねぇ!」等と他愛のない会話をして
いたら・・・、原鶴温泉を過ぎて鳥栖に向かう途中の太刀洗の付近で、
車の前方のかなり高い位置に・・・<青い光と赤い光、そして白い光
を発する物体>が飛んでいる!
いや、あれは、浮いている・・・・・。

それから、真弓女将がパニック状態になり、
「・・・あ、あ、あなた、あれはUFOじゃないの?」
「はあ? まさか日清のインスタント食品が空を飛ぶもんか!」と
笑いながら、上を見たら・・・何と本当に、光を発する物体が浮いて
いるではないですか!

非科学的なことが大嫌いなこの私=小原健史も、チョウ〜驚きました!
多分、飛行機か? ヘリか? 何かかとは思うのですが、UFO信者には
間違いなく・・・・・あれは・・・UFOでしょう!

見てはいけないものを見たと言うか・・・・・、
何か、良いことあるといいなあ!!!

上月さん、小川さん、事務局の堀さん、別府の皆様、お世話になり
ました。・・・有難うございました!

============================

P9010027.jpg

* 「観光立国と旅館業の現状と将来」

(1)本日の講演の主題
  <イ>“厳しい経営環境”に負けない経営者の強い心づくり

  <ロ> “観光立国の政策と各観光地の現状”

  <ハ> 旅館ホテルの事業の再生と「経営と資本の分離」


(2)“厳しい経営環境”に負けない経営者の強い心づくり
 <イ> 「不況」とか「厳しい!」等と言わない!
  *人間は<心と頭>が体を動かす!・・・口に出したら終わり!
  *確かに厳しい情勢だが“愚痴”や“弱気”を言うだけでなく
    経営改善、営業努力の手を打っていこう!

 <ロ> 我々中小企業の仲間から日本一の企業をつくりだそう!
  
 <ハ> 苦境に打ち克つ“強い精神力”= 私の「七転び八起きの人生」
     (1) 和多屋タワー建設時の混乱
  ・投資計画の甘さから資金繰り困難へ・・・強度の心身症へ
    ・「喜怒哀楽よりもワンアクション」の気づき
    ・悩んでも悔やんでも解決しない!・・・アクションを!

  (2)「肥前夢街道」の破綻時のエピソード
    ・バブル経済時の過大投資
    ・高慢と慢心
    ・破綻の原因・・・過大な投資=債務と、顧客満足度の不足
    ・「立場が人を造り、立場が人を腐らせる」ことを経験
  
 (3) 常に自己の原点の認識を!
   ・「嬉野温泉の発展」と「全国の旅館業や観光地・温泉地の
     振興」


 (4) 宮崎市青島の「旧橘ホテル=幽霊屋敷」への挑戦!
  ・「人間は、太陽を西から昇らせることはできないが、
   人間が決めたことや、織りなすことは必ずやり直し
   (=再生)ができる!」
  
 (5) 「特消税撤廃の闘い」
   ・旅館業界が中央官庁や都道府県の“官”の勢力に競り
    勝った!

 <ニ> 旅館ホテルの売上増強の実例 
*“アップセールス”の勧め
     ・チェックイン時の別注料理や客室のランクアップ料
     ・売店やロビー内の商品の置く場所で売上が激変

    *1泊2食だけが商品か?
      ・自分の旅館のブランドを商品化して販売を!
      ・0泊2食や日帰り専門施設でも良いのでは?

    *地域ぐるみの新しい商品開発
     
   $コストダウンの実例・・・全ての経費を変動費に!

<ホ> CS (顧客満足度) の向上の実例
  *スタッフの研修講演


(3)“観光立国の政策と各観光地の現状”

 <イ>「観光」とは?・・・ 「光を観る! 観せる!」
  * その地域の<光るもの>=素晴らしいものを観る、観せる!
* <光るもの>=自然、風景、人情、歴史・文化、料理など

 <ロ>「観光立国」と「観光庁」の発足・・「観光立国推進基本法」の
    成立
  *国(観光庁)=「YOKOSO! JAPAN」=海外からの誘客
        インバウンドの取組
  *都道府県=県外からの県内への誘致
  *市町村 =市町村外からの市町村内への誘客

<ハ> 政権交代時への対応力
     *自己の原点が「鏡」・・政党・政派の為に自分があるので
       はない!
     *自分の業界や地元の繁栄の為に政治を活用する!
     *私は「観光振興党」「旅館ホテル業発展党」&「嬉野温泉
        繁栄党」

  <ニ> 観光産業の重要性が増大した理由と観光日本の将来像
      * 定住人口の減少と交流人口=観光客の経済効果で
         地域振興を!
      *100年後の日本の人口は?・・・半減する!
        ・2020年には、500m万人減少、 2030年には1,000万人
          減少

 <ホ> 東アジア地区の観光交流・・・“東アジア観光コンソーシアムを!” 
     *13億人が上を目指す中国と、1億人が俯く日本の勝負は?

P9010026.jpg


(4)旅館ホテルの経営の活性化
<イ>旅館ホテルの経営の現状・・・ 経営悪化の原因
   (1)過大な投資と過剰な債務
     ・不動産価格(地価)の下落で金融担保力不足へ

   (2)顧客ニーズの変化への対応力不足
・「団体旅行」から「個人・グループ」旅行へ
       ・「男性主体の旅行」から「女性主導の旅行」へ
       ・「物見遊山、歓楽型の旅行」から「体験交流・寛ぎ・癒し」へ

   (3)観光産業の市場の支配者の交替と真の支配者は?
      ・リアルエージェントからネットエージェントへ
      ・実は、顧客が真の観光市場の支配者だ!

  <ロ>旅館ホテルの事業の再生
   (1)債務の圧縮と新規設備投資(=新たな売上の創造)で再生
   (2) 経営責任・・・時代遅れの観念

      (イ)「二つの掟」・・・・・経営の私物化の排除
 
      (ロ)「五つの社会性」・・・社会性の発揮
         ・顧客満足度(CS)の向上   ・雇用の継続と安定
          ・租税の負担   ・地元との共生  ・美観景観の維持

 (3) 金融機関から見放された旅館業
   *バブル経済時=1990年の総融資額=> 6兆5千億円
   *現在の総融資額==========>2兆5千億円
   *・・・であれば自力再生を!

 (4)旅館ホテルの経営と資本の分離
   (イ) 従来の旅館ホテル経営
    *資本(=土地建物)の自己所有
    *融資の担保・・・根抵当権=借入ゼロ円になるまで不自由
    *資本の支配者は融資をした金融機関
    *不動産の名義のみ経営者一族

 (ロ) 経営と資本の分離
    *資本の所有・・・良質な他人資本=投資を受ける!
        政府系の観光立国ファンドを模索中!
    *元利返済から地代家賃へ
    *償却前営業利益=GOPは15%以上を!
    地域の一体再生
     *旅館ホテルの機能の整理統合と個性化
    *顧客視点の観光地&温泉




  ===「第5回・ユニバーサルデザイン(UD)全国大会」===
        12月21日〜22日 嬉野温泉で開催


嬉野温泉・和多屋別荘・小原健史です。      (ブログ:529号)
:
:
このブログの数回前に、中国のアモイとシンセンを訪問した時のこと
を記載しましたが、今年で62才になった私が帰国しても、今なお、熱い
思いが消えません!

それは何故か?・・・・・・・
今回の中国への出張で、同行して頂いた吉囲氏の中国への周到な
お手配と彼の人脈のお陰をもって、ハイレベルな中国の方々と直接
接触をすることができ、現代中国の現状をまざまざと感じることが
できたからだと思います。
その残像は強烈で、敢えて一言で表すならば・・・、
「躍進する中国、俯く日本!」・・・と言えるのではないか?


<事例:1>
嬉野の銘産品の「嬉野茶」の売り込みも兼ねて行ったつもりでしたが、
アモイの茶工場と販売店の中で現実に見聞し、試飲した”お茶”の種類
の多さ、・・・烏龍茶、鉄観音茶、プーアル茶、ジャスミン茶・・・、
決定的だったのは、価格の構成でした。

わが和多屋別荘の売店で販売しているお茶は、「緑茶」が大半で、最近
やっと2種類目の「紅茶」が売り出されてきましたが、
また、その価格は100g=@500円から@3,000円ぐらいの価格帯で

<和多屋別荘売店の100gで@1050と@3,000円の嬉野茶>

DSC00432.jpg

DSC00433.jpg


で、アモイの茶販売店では、100g=@300円から上限は?
皆さん、幾らまでの価格であったか? 想像つきますか?

答えは===>100g =10万円から20万円 でした!

その違いは、「ご神木の茶樹」から丁寧に摘み取り精製した”高級茶”
であるそうな!

<中国アモイ市の茶販売店の100g:8,888元=12万円の銘茶>

DSC00990.jpg


<事例:2>
日本は、旅行業界も格安ブームで、1泊2食=@7,800円や@5,980
などなど、どんな料理を出すのやら?
一方、中国人の富裕層から直接の質問は・・・、
「和多屋別荘の最高級の部屋、皇族が泊まられた部屋は、
1泊20万円ぐらいで泊めて頂けますか?」

<格安旅行の広告>

DSC00430.jpg

DSC00431.jpg

<中国の富裕層から20万円のリクエストがある特別貴賓室:洗心>

DSC00434.jpg


<事例:3>
アモイの高級海浜リゾート地では、中国各地の富裕層が避寒地の別荘
として、また投資の対象として1億円以上の所謂「億ション」が次々と
売れているとんこと。
日本では、格安の住宅価格が300万円台であります!

<アモイの高級リゾート地の風景>

DSC00947.jpg


<事例:4>
アモイの五星ホテルのロビーには「ルイヴィトン」など世界の高級ブランド
の店が数店舗入っていて、数十万円のスーツやバッグが中国人の富裕層
によく売れているとのこと。

<アモイ市のマルコポーロ・ホテルのブランドショップ>

DSC00942.jpg

和多屋別荘の格安婦人服は@1,050-、そして、嬉野温泉の近郊の格安
量販店では、ネクタイ=@89円、背広=@58,900-がありました。

<和多屋別荘の格安のアパレル衣料品>

DSC00435.jpg


以上、これらはほんの一部の特殊な例で、わが日本がすべて劣性とは
全く考えてはいませんが、ただこの小論で言いたいのは、今回の中国の
アモイ市やシンセン市でも強烈な体験で・・・

ただただ思うのは、<前向きに、上を仰ぎみて頑張る
中国の躍進と豊かになりすぎて、逆に安くても使えれば
良いと甘んじる日本>
の、その精神構造の違いは、3年後、
5年後の二つの国や国民のあり方を、正に指し示すバロメーターでは
ないか?・・・と強く感じました!

日本は、これで良いのか?
和多屋別荘よ! これでいいのか?

価値あるものを、せめて応分の価格で堂々と勝負する
ビジネスでありたい!
・・・・・と思うこの頃です!!!


===「第5回・ユニバーサルデザイン(UD)全国大会」===
      12月21日〜22日 嬉野温泉で開催!




嬉野温泉・和多屋別荘・小原健史です。      (ブログ:528号)
:
:
「観光立国と国家ファンドの創設#2」
:
前回のこのコラムで、「観光立国」の時代になった現在、全国の
観光地や温泉地の旅館ホテルの経営の現場では、その実感が
希薄なことを書き、その解決策の一つとして、旅館ホテルの
「資本と経営の分離」のことを述べました。

「資本と経営の分離」と言うと難しい経済理論のように感じられる
かもしれませんが、分かり易く言えば、従来は、「資本」=土地や
建物などの不動産の所有者と、旅館ホテルの経営者は同じ人物
や一族であった訳です。 
これは、資本の所有と経営が分離されず、同一なのですが、
現実的には旅館ホテルの新築や増改築の際には、金融機関から
融資を受けて、土地や建物を担保に差し出し、一定の期間(例えば
10年間で返済)に借入金を利息を付けて返済することになる契約
を結びます。 
しかし、その契約には、必ず、万一、経営に失敗して返済が不可能
になった場合を考えて、前述の担保を提供しており、それは、
「根抵当権」と言う借入金を全額返済してゼロになるまで、所有者が
その不動産を自由に売買や賃貸ができないシステムになっており、
一般的に借入金がゼロになることは殆どの場合ないので、結局、
旅館ホテルの不動産は、所有権の名義は旅館経営者や一族の者
であるが、実質的な支配者は根抵当権設定者の金融機関であると
言っても間違いではありません。
(この小論は、決して金融機関に悪意を持つ考えを記載する気は
 全くないので、敢えて申し述べます。)

そうであれば、旅館ホテルの経営者は、土地建物をより資金力のある
企業や事業体に売却し、同時に長期の(20〜30年)賃貸借契約を
締結すること(=リースバック)も、経営者の意識の改革さえできれば、
何ら問題はありません。 
実際、東京の一流ホテルが、自前の不動産を一流不動産業の企業に
売却し、そのまま、運営会社に専念することになりました。 
また、ショッピングセンターを全国展開していた「ダイエー・グループ」
が自社所有の不動産と巨額な有利子負債を抱えて破綻したことと、
一方、「イオン・ジャスコ・グループ」が賃借の不動産で運営に特化
して勝ち残っている例をみても、「資本と経営の分離」の意義は、旅館
ホテル業界でも、検討されるべき大きな課題です。

具体的には、1億円を基準とした借入金返済と、賃借の地代家賃を
比較すれば、借入金=1億円で返済が10年間であれば、元金返済
は年間=1千万円、年利率が3%とすれば、3百万円で元利合計=
1千3百万円となります。

一方、1億円の投資に対する利回り=地代家賃は5%で年間=5百
万円、10%でも1千万円なので、平均して7%にしても7百万円程度
で済み、金融機関の元利返済よりは、運営会社の負担は遥かに軽く
なります。 

当然ですが、地代家賃も払えない経営状態では、数か月で退去する
ことになるでしょうが、もともと、元利返済よりも軽い地代家賃も
払えないような経営能力では、経営者として存続をすることはあり
得ないこととなります。

以上、2回にわたり旅館ホテルの「資本と経営の分離」について述べ
ました。




:
嬉野温泉・和多屋別荘・小原健史です。      (ブログ:527号)
:
:
8月21日、「第50回記念・和多屋別荘旗少年野球大会」を嬉野市の
「みゆき球場」で開催しました。
午前8時から開会式が開催され、今回は第50回の記念大会なので例年
より多い43の出場チームを数えました。

<開会式の風景>

DSC00256.jpg

DSC00222.jpg


<ご来賓の谷口市長(右)と真弓女将>

DSC00223.jpg

<選手宣誓・嬉野少年野球クラブ:橋爪倫太朗選手>

DSC00232.jpg

この和多屋別荘旗少年野球大会は、和多屋別荘の創業者である小原嘉登次
が地元の少年の健全育成を目的として、当時「和多屋まつり」と称して、
「花火大会」や「のど自慢大会」「囲碁大会」「水泳大会」「盆踊り大会」
など様々な催しを行っていたのですが、その一環として第10回の
“和多屋まつり”から、この少年野球大会を加えたのです。

手前味噌的な表現で恐縮に思いますが、民間の一事業所が、しかも、
「和多屋別荘」と言う旅館が、半世紀=50年もの永い間、慈善事業的
に少年野球大会を続けて来たことは、或いは、続けられたことは、大会
試合の運営を主管して頂く嬉野市の軟式野球連盟の副島会長や中島理事長
小野審判部長はじめ連盟の皆さんのご尽力の賜物であり、また、各参加
チームの監督、コーチの皆さん、そして、選手諸君と応援団のご父兄の
皆様のご理解ご協力によるものであります。

<予選の試合風景>

DSC00241.jpg

DSC00264.jpg

DSC00284.jpg


さて、21日の開会式には、嬉野市はじめ近郊や広く佐賀県、長崎県、
福岡県から43チームもの多くの参加を頂いたのですが、3日間の
スケジュールで試合をこなすには、予選は亀甲方式で、1試合を7回
且つ制限時間=70分以内という規定の中で運営されました。
第1日目の予選を勝ち抜いたチームは、下記のとおりです。
*嬉野市・・・塩田少年野球クラブ、五町田少年野球、久間少年野球クラブ、
 *武雄市・・・若木少年野球、
 *鹿島市・・・北鹿島少年、七浦少年野球、
 *佐賀市・・・川上小野球クラブ、諸富南少年

第2日目の準々決勝、準決勝は、上記の予選通過チームのトーナメント方式で
接戦、熱戦が繰り広げられ、勝ち残ったのは、「川上小野球クラブ」
と「諸富南少年」の2チームで第3日目の決勝戦に臨みました。

<決勝戦の様子>

DSC00289.jpg

第3日目の決勝戦は、前半、打撃戦となりましたが、勝利の女神は
昨年も優勝した「川上小野球クラブ」の方に微笑んで見事優勝を飾り
ました。

【優  勝】・・・川上小野球クラブチーム

【準優勝】・・・諸富南少年チーム

【最優秀選手賞】・・・川上小野球クラブ : 光岡 健太郎 選手

【打撃賞】・・・川上小野球クラブ : 片渕 光輝 選手

【敢闘賞】・・・諸富南少年 : 平野 友都 選手


<優勝チームの行進の様子>

DSC00293.jpg

今年の猛暑の中の3日間の少年野球大会を運営面で支えて頂いたの
は、主管の嬉野市軟式野球連盟の皆さん、そして、各チームの監督
とコーチの皆さん、また、毎日熱心に応援に来て頂いた父兄の皆さん
に、さらに多くの関係各位に心から厚く御礼を申し上げます。

また、暑い中に本業以外のこのイベントの準備から片付けまで努力を
してくれたわが和多屋別荘のスタッフの皆さんのご苦労に感謝します。

最後に、毎年、“主催者挨拶”の中で、小学生の選手諸君へ私が言い
続けている言葉があります。
それは・・・、
「オリンピック精神は参加することに意義がある、しかし、
和多屋別荘主催の少年野球大会では、参加するだけでなく
試合に勝つことに最大の意義があり、勝つために懸命
に練習し、試合の中でも必死になって勝利を勝ち取る根性
をもって欲しい!」
と言う言葉です。

今後も、60周年、70周年と、私の生ある限り少年野球大会は続け
て参ります。
皆様のご理解とご支援をお願い申し上げます。


  ===「第5回・ユニバーサルデザイン(UD)全国大会」===
    
   12月21日〜22日  嬉野温泉で開催!
    
             人にやさしい嬉野温泉の街づくりを!




:
嬉野温泉・和多屋別荘・小原健史です。      (ブログ:526号)
:
この物語の主役の小原嘉登次は、若くして大阪やフィリピンのダバオ
において修業し、艱難辛苦の末に、地元の嬉野に戻り、木材商で身を
起こし、旅館和多屋を買収、その後、観光事業の本拠地になる和多屋
別荘を三男の小原健史に継承させた。
健史は、大学を失業後、和多屋別荘の副社長に就任するが、旅館
経営の改善、改革に着手するが、なかなか順調と言う訳にはいかな
かった・・・、
:
=============================
:
健史が和多屋別荘の副社長に就任して以降、矢継ぎ早に次々と経営
改善の手が打たれた。
それは、まずは、会議やミーテイングの開催で、次に、健史が手を付け
たのが広告宣伝の分野であった。

ある日の午後、健史がデスクの上で、新しい和多屋別荘のパンフレット
のイメージをポスターの裏紙に描きなぐりしていた時、県議会議長の
仕事を終えた会長の嘉登次が和多屋別荘に戻ってきた。
すぐに、会長は健史を会長室に呼んだ。
和多屋別荘の会長室は応接間も兼ねていてが、実質主義の嘉登次の
方針で、凡そ、県議会議長も務める和多屋別荘の会長の使う部屋と
は思えないような簡素な、いや、お粗末な部屋であった。
健史は、部屋に入るなり会長の嘉登次に声をかけた、
「会長、お帰りなさい、お疲れ様です。」
「おお、健史か! まあ、掛けなさい!・・・ところで和多屋別荘
の仕事には慣れて来たかの?」
「はい、大学4年の時から働かせて貰っていたので、少しづつ改善
 しています。」
「なんて? すこしづつ? 健史、少しづつじゃあ、間に合わんぞ!」
「はあ?・・・」
嘉登次の言う意味を測りかねている健史の生返事に、
「はあ?じゃなかろうが、お前、しっかりせんか! お前は和多屋
別荘グループの本拠地のオイの後ば継いだとぞ、少しづつじゃ
駄目じゃろうが、毎日、毎日、ガンガン、ドンドン、仕事ば捌か
さんといかんじゃろうが!」
「ハイ、申し訳ありません、ガンガンやります!」
「そうだ! そいでヨカ!・・・ところで、今、何の仕事ばしよる
とね?」
「ハイ、広告宣伝関係で、新しかパンフレットば作りたかと思うて
 その案ば練りよったとですが・・・」
「おお、そうか、何かよかアイデアの浮かんだか?」
嘉登次の追求は意外と細やかで厳しい。
「ハイ、今までになか、全く新しかパンフレットば・・・と思うておると
ですが・・・」
「具体的には、どがん風に?」
健史は、ここで自分の若さと斬新なアイデアで存在感を示そうと
少しオーバーに表現した。
「まず、キャッチフレーズば変えたかと思います。」
「キャッチフレーズば、どういう風に変えるとか?」
「ハイ、会長には申し訳ないのですが、従来の表現は、いかにも
どこにでもありそうなものなので、もっと、和多屋別荘の“別荘”
の部分ば強調した何か良い文句はないものかと思いまして・・・」
嘉登次の冷静な視線は健史を次第に追い詰めているようでもあった。
「ああ、変えるとは構わんが、どんな風な文句に変えるとか?」
「嬉野温泉のお客様の別荘・和多屋別荘・・・とかですね・・・」
一瞬、嘉登次の瞳が煌めいたかに感じたが、すぐに嘉登次の口から
「和多屋別荘はあなたの別荘です!・・・では、どうかな?」
その瞬間に健史は、落雷にでも打たれたかのように戦慄が走った。
(何故、年配の親父からスーッと洒落たキャッチフレーズが出て
くるのか? “和多屋別荘はあなたの別荘です!・・・まさに、
今日一日考えに考えていたこととピッタリのフレーズだ!)

さらに、健史の狼狽気味の姿をみて、嘉登次はカラカラと笑いながら、
「健史、お前、もっと勉強せんばいかんぞ!オイがこの和多屋別荘を
造ってすぐに、やった宣伝方法は、どがんことをしたか知っと
るね?」
「いや、・・・よく・・・わかりませんが・・・」
そんな健史に嘉登次は、和多屋別荘の創業の数年後に行った、前代
未聞の宣伝について語り出した・・・

この物語の時間軸は、一気に20年間遡り昭和27年にタイムスリップ
する・・・、

嘉登次は、和多屋別荘(現在の花鳥苑部分)を建設、創業し、次に
川の向こう側に“離れ風の客室”(現在の水明荘部分)を増築して
旅館事業を拡大していた。
しかし、春や秋の行楽シーズンや年末年始は多くのお客様を迎えて
いたものの、真夏や真冬には、どうしても客足は鈍く、何らかの手
を打つ必要があった。
嘉登次は、連日のように、昔、嬉野に映画館を開業してヒットした
ような・・・何か和多屋別荘の営業が大きく花開く宣伝方法はないもの
か?と連日考えに考えていた。
そんなある日、嘉登次が陣頭指揮して旅館和多屋(本館)の不要物を
売り払い、少しでも現金化して経営の効率化を図ろうとして倉庫を片づ
けている時、偶然、一片の紙切れがヒラヒラと棚の上から落ちて来た、
そのチラシは、終戦後すぐに米軍が飛行機で、ばら撒いた占領軍の
宣伝ビラだった。
気の強い嘉登次は、敗戦の悔しさそのものが蘇るようなそのビラを、
片足で踏みつけたが、その瞬間、突然、閃いた!

そのビラを踏みつけた片足をばね仕掛けの人形のように、急に引き
上げ、嘉登次はそのチラシを両手で拾い上げ、
「そうか! 宣伝ビラか!」
と、周りの従業員が驚くような大きな声で叫び、突然、倉庫を飛び出して
帳場へ走り込んだ。
嘉登次は、いつも利用する帳場の机の上に、映画館のポスターを裏返
して、鉛筆で思いつくままに殴り書きをしていった。
まず、最初に書いのが・・・
「空中宣伝ビラ」
次に・・・、
「飛行機」
更に・・・、
「大阪から西側の各県」
「宣伝文句は?」
近くにいた仲居が、嘉登次が書きこんでいるのを何のことかと覗き
込みながら、机の端に湯呑を置いた。
「旦那さん、お茶を淹れました。」
嘉登次は、返事もせず、湯呑を一瞥もせずに書き込んでいる。
書き込んだ言葉を書いては消し、書いては消していく中で、構想が
段々と固まっていき、和多屋別荘の広告宣伝の新しい計画書が出来
上がっていった。


===「第5回・ユニバーサルデザイン(UD)全国大会」===
      12月21日〜22日に嬉野温泉にて開催




1234567891011
佐賀県 嬉野温泉 美肌の宿 和多屋別荘

アクセスカウンター

アクセスカウンター since:2008/03/18

ツイッター -Twitter-

カレンダー

9 2010
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

アーカイブ